あるゴルファーの日記@Thailand 改

タイに住んでいるあるアベレージゴルファーの日記です。

札幌に行く。

自分は、4-5年くらいで仕事環境を変えて生きてきたような気がする。卒業後、すでに2次試験をパスしていたため、ある監査法人の東京事務所に入社した。今はどうかわからないが、当時は各地区の事務所の独立性が高く、同じ法人でも他の地区の事務所に社命で転勤するということは、ほぼ100%あり得ないことだった。それでも、札幌出身でもないのに、無理やり転勤希望を出して、東京事務所から札幌事務所に転勤した。当時、東京事務所の組織のありようは個人的な関係重視でばらばらだった。合併した直後ということもあったが、分裂騒ぎもしょっちゅうだった。こんな中で個人的な馴れ合いになじめず孤立を感じていたし、また、4-5年やって上場企業監査現場の責任者(主任)も任せられるまでになったが、環境に飽きたというのが本音だったかと今では思う。今、法人のトップをやっている人が、当時、自分の所属の部門長で、全く理解できないといった風情ではあったが、最終的にはOKを出してくれた。当時、転勤するということは退職と同義だったし、バブル崩壊直後くらいで、下っ端がどうなっても、どうでもよいかという感じだった。今、自分が同じ立場でもそうするだろうと思う。札幌事務所では、上司は風変わりな人が多かったが、東京から転職してきた人たちとの出会いもあり、ようやく仕事に対する気構えのようなものができたような気がする。目標を失いルーズだった生き様や考え方がものすごく変わったように感じる。逆に、その後、組織を大きくする、新規顧客、業務を獲得するという目標を持たない小さな所帯に限界を感じ、転職するかという気もあったが、東京に帰ることを決意した。帰るには組織的に最後のチャンスだった。ちょうど拓銀が破たんする直前だった。随分、組織内で我儘を通してきたと今では思う。東京事務所帰任後はおとなしく仕事に邁進しパートナーにまでなったが、姥捨山のようだった提携先でのバンコク勤務を経て、退職、独立に至る。出向先の欧米流のマネージメントスタイルに馴染めず、欧米化、利益を志向する出向元マネージメントと何らグローバル化に向けた意識改革のない日本国内パートナーたちを見て、東京に帰任後一緒に仕事をしていくことに失望感を覚えたのがきっかけだった。案の定、内部統制バブルを経て高転びに転びけるという状況になったが、、、タイの王様の言葉ではないが、安定的な成長を志向をするべきで、久しぶりに日本に帰国して出席したパートナーズミーティング等で売上5割増しの目標とかを掲げるプレゼンを見るのは、ある意味公器たる会計事務所として、ものすごい違和感を感じていた。当時、無限連帯責任だったパートナーシップで、日本で一緒にパートナーですといって働くのはこれでは厳しいと感じるに至った。結局、組織から自らはみ出すようにして起業。現在は従業員40人を抱えるまでになり、もはやこれい以上環境を変えることは難しい。。。(苦笑)

話が横道にそれすぎて本題に戻れなくなったが、札幌事務所の時の同僚が時々バンコクにゴルフをしに来る。そのお返しといっては何だが、6月末に10数年ぶりに札幌に行き、ゴルフをする。実は札幌勤務時は、数回のラウンドを除いてほとんどゴルフしなかった。そのため、ゴルフ場も含めて印象が全くない。今、北海道のゴルフ場を見た時、また、プレイした時、どんなことを感じるか、楽しみである。

また、古い友人との再会もあり、こちらも実に楽しみ。